唐突だけど、ちょっと昔の話をします。
私がまだ芸大に通っていた頃、仲のいい友人何人かで集まって、幾らかずつ出資金を出し合い、オペラの自主公演をやろう!という話になりました。
手作りの舞台なので、予算に合わせて会場探し、スケジューリング、スタッフの手配なんかも全部自分たちで。
オーケストラも合唱もなし、指揮者は起てないでピアノ一台に伴奏は任せることに。
大掛かりなセットなんかはまず無理だし、用意出来るのはテーブル・椅子、小道具くらいでした。
並行して譜読み、稽古しながらの準備は結構大変だったけど、それでも自主公演でもオペラが出来るんだって喜びの方が勝ったし、楽しかった。
そんなある日、たまたま知り合ったある妙齢の指揮者と何気ない会話の中でその話をしたら、
『僕も今ちょうど若手の歌手たちを集めてオペラを企画しているところなんだ、ちょうどいい。オーケストラは集めてあげるから、演目は僕が考えているものにするよ、指揮は私が振ろう。ただし、予算をもう少し増やしてくれないか。』
と言われました。
何年経った今でも、オーケストラをバックに歌える機会はそんなにないし、ましてやその頃の私たちにとっては夢のような話!
でも、もう演目も既に決まっていたし、今回は自分たちの手で一から作っている舞台だから…と泣く泣くお断りしたら、、
めっちゃしつこいの!
何回も
『そんなこと言っていいのか?(言える立場か?)よく考えろ!』
と、食い下がってきました。
私が代表者として話をしていたので板挟みになっていましたが、それでも尚、断ると
『君…この世界で歌えなくしてやるから、そのつもりで。』
と捨て台詞を吐かれ、連絡が取れなくなってしまいました。
そういう業界の事情に経験が浅かった私は、怖くて、悩みすぎて、前髪に白髪が生えてくる始末。
日に日にぐったりしていく私を見兼ねて、みんな心配してくれました。
そんな時、たまたま実家に帰る用事があり、母と一緒にお風呂に入っていたとき。
『何か悩んでるみたいやね』
と、何も言ってないのに、母は声をかけてくれました。
私は普段から、ギリギリまで追い詰められないと誰かに相談しない性格なのですが、そのときばかりは堪らず全部話しました。
母は黙って聞いてくれて、私が話し終わると一言こう言いました。
『ゆかちゃん、逆境こそ楽しむものよ。』
何故かよくわからないけど、その言葉に勇気をもらって。
母の根底にある強さ、楽観的ともいえる明るさを目の前にし、あんなに悩んでた自分が小さく思えてきました。
うまい話には必ず裏があるもので、結局、その指揮者は私たちを利用してお金を集め、以前自分が失敗した企画の補填に回そうという魂胆だった事を後日周りから聞きました。
後輩たちが同じような目に遭ってないかだけが心配でしたが、あれから何年も経つけど、その人が今どこでどうしてるかは、全く耳に入ってきません。
生きてるのかどうか・・・(笑)
今、私がすごく感謝してて、大事に思ってる方がピンチに見舞われているんだけど、その方に伝えたい。
逆境こそ楽しんで、負けないで、まさかとは思うけど死なないで(笑)って。
私はその言葉があるから、あれから何回か訪れた人生の逆境にも耐えてこられた。
母、つよし!!